netstat!をnetstat Labs.という名前に変えたところで、やるべきことはそんなにかわってない。散財したら散財をした報告をして、PCがイカれれば、供養をしてぶつくさ言いながらパーツを取りそろえる。
それが、いままでやってきたことだった。
それは過去のことだ。関東地方に住んでいれば可能だったかも知れない。だが、このツンドラの奥地から秋葉原まで4時間かかる。車で飛ばしても3時間だ。例えば昨日発表されたRadeon vegaを買おうと思ったら往復八時間の旅に耐えなければならない。そして、往復の費用で一枚買おうと思えば買えてしまうだろう。
あまりにもばかげている。しかし私は小学生だった頃から続いている趣味の一つ——「速い計算機に触れる」という楽しみを捨てるつもりは毛頭ない。それは愉悦であり、達成感を生む。だが、時の流れというものは残酷で、私は社会人になってしまった。そして、5年ほどそれをやって、「恐らく長続きしないだろう」という確信を持った。
同時に、私は社会不適合者なのかもしれない、と危機感を持った。
少なくとも、人生の大半の時間を過ごす役に、一日の五割を割く価値はないと思うし、そんなことをすれば精神的に参ってしまう。そうなればどうなる。無職だ! 買ったドイツの車の借金はどう返したら良いか? 今住んでいるのは社宅だから何処で過ごしていけば良いか? すぐにそんなものは暗礁に乗り上げてしまう。
それならば、私は常にそこにある危機にそなえなければならない。それが人間関係の悪さだろうと、ブラックさであろうと、給与の問題であろうとしったことではない、私が耐えられない職場に行ったとき、自分を守るために仕事を辞めたとして、空白期間ができてしまう。その間を持たせるための現金は持っておかなければならない。
年の初めに、大学時代から付き合ってきたテレビが壊れた。7年の付き合いだった。買ったときは30万円近くしたが回収されたときは値段がつかなかった。年に4万円も価値が落ちたことになる。
「手放すときに価値のあるものにお金を使わなければならない」。そう確信した。そうして、私はドイツの車を手に入れ、Black Lotusを買った。しかし、それだけでは足りない。刺激も狂気もだ。
そんな7月下旬、仮想通貨のフォークの件が耳に飛び込んできた。私が一年前にMagic: the Gatheringのカードを買うか悩んだ末に選ばなかった選択肢だった。
膝を打った。以前素数探しに明け暮れていたことがある。それをまたやるだけのことだ。幸い、Final Fantasy XIVで使ったお下がりのVGAなら掃いて捨てるほどある。
だが、この手の不労所得の話を嫌う読者もいるだろうということも考え、本来は「開発部」でまとめるべきであろうが、あらたに「財務部」というのを作って話を書くことにした。
「開発部」はかつてと同様、機材の調達と運用を行い、その結果をここに報告する。「財務部」は経理計算を行うのではなく、仮想通貨のマイニングを中心とした苦労話が語られることになる。ただし、書いている中の人は同じ人なのだが、面白くないので文体をかえる試みをしてみようと思う。だからアカウントも、タグも別々にした。
仮想通貨バブルであり、リスクは十分にあるという心配もある。しかし、枯れた機械を使ってやるぶんに取るリスクはそれほど多くない。
それに、私は壊れるまで働きたくないが、VGA達は壊れるまで働いてくれるように設計されているのだ。壊れていない製品を捨てるほど、私は耄碌していない。